ひきこもりのもの

ひきこもりの日記。ひきこもりが考えたり考えなかったり。

1月24日

1月24日はゴールドラッシュデーです。

アメリカのカリフォルニア州でゴールドラッシュが始まったきっかけの日だそうです。

 

今日は一日家にひきこもっていました。

起きたのは午後になってからでした。

カウンセリングの翌日ということもあってか気分は軽いです。

徐々にまた落ち込んでいく事は目に見えていますが。

家にいると負のエネルギーがどうしても溜まってしまいますね。

外出をしても人と関わらないので虚しくなります。

どうにか食い止めたいです。

とは言っても簡単に答えが出るようなら苦労はしません。

今日の15時頃、テレビをつけたらNHKの「いのちの手記」という番組をやっていました。

NHK障害福祉賞に送られた手記の著者の方々と柳田邦夫さんが対話したり、その人の人生を紹介する形式の番組で、障害を持った人たちが人生を前向きに生きている姿に感動を覚えました。

その中で特に印象に残っている事として「手記を描くということは自分と向き合うこと」「その中で自分の嫌な面も見ることになる」「客観的に見られるようになる」といった内容の言葉です。ちょっとうろ覚えなんですが、概ねこのようなことを言っていたと思います。

自分のこのブログも自分自身のためだし、自分の人生をどうにかしようともがいていることの一つだということを改めて認識しました。

時々休みながらも続けられているということが自分にとって少しだけポジティブな気持ちをもたらしてくれます。

 

唐突ですが、今日ちょっと意識した事の中に「死」というものがあります。

今の生活の中で時々ですが希死念慮みたいなものに襲われることがあります。

自分の場合、本当に死にたいというよりは逃げたいとか居なくなりたいとか投げ出してしまいたい、楽になりたいという気持ちが希死念慮として現れている気がします。

自殺することはほぼあり得ないということもなんとなく感じています。

5年後は分かりませんが。

そんな風に自殺だったり死ぬ事が頭の片隅にある状態で生きている時間があるためか、死というものについてもっと積極的に学んでみようかという考えが出てきました。

去年「死とは何か」という哲学の本を読んだのですが結局何が何だか分からなかったというのが正直な感想です。

実際に実行するかどうかは分かりませんが、死についての本を追ってみるというのも面白そうかなと今は考えています。

自分用のメモとしてここに記しておきます。

 

もう一つ自分用メモ

人と食事を一緒にすると沈黙がやっぱり苦手だということを最近良く感じます。かと言って話すのはきつい時が多い。

それぞれ別のことをしながら食卓は一緒に囲んでいる状態が自分にとっては一番居心地のいい距離だという気がしています。健全とは言えませんが。

人に興味が薄いのに人恋しいのが厄介。

どちらかに振り切れれば人生は楽しいかもしれません。